「爪を剪り、髪を剃る」「十指の爪をきるがよい。十指というのは、左右の手の指の爪である。足の指の爪も同じく剪るがよい。経にいう「爪の長さが、もし麦一つぶほどになれば罪をうべし」と。だから爪を長くしてはならないのである。爪をながくするのは外道のならいである。つとめて爪をきるがよい。それなのに、いまの大宋国の僧たちのなかには、仏道を学ぶ眼がないために、爪をながくしている者が多い。一寸、二寸、さては三四寸におよぶものがある。それは非法である。仏法の身心をたもつものではない。仏家の古風を学ばないから、そういうことになるのである。道心のある長老にはそんなことはない。あるいはまた、髪をむ長くしている者もあるが、それも非法である。たとい大国の僧たちのなすところだからといって、それが正法かと思い誤ってはならない。先師なる如淨古仏が、天下の僧たちの長髪長爪をいましめて、与えたことばに、「淨髪を理解しないのは、俗人でもない、僧家でもない。すなわち畜生である。去来の古仏にして誰か淨髪せざる者があったであろうか。いま淨髪を心得ないものは、まったく畜生である。」とあった。そのように僧たちに示されたので、年来頭を剃らなかったやからも、頭を剃ったものがおおい。あるいは法堂に上がっての垂示において、あるいは一般への説法のときにも、指をならして叱ったものである。どういうこととも知らず,漫然と長髪長爪にしている者たちは、かわいそうに、この世にうけた身心を非道におとしているのである。(道元:正法眼蔵・洗浄)
原文「十指の爪をきるべし。十指といふは、左右の両手の指のつめなり。足指の爪、おなじくきるべし。経にいはく、つめのながさもし一麦ばかりなれば、罪をうるなり。しかあれば、爪をながくすべからず。爪のながきは、おのづから外道の先蹤なり。ことさらつめをきるべし。しかあるに、いま大宋国の僧家のなかに、参学眼そなはるざるともがら、おほく爪をながからしむ。あるいは一寸両寸、および三四寸にながきもあり。これ非法なり。仏法の身心にあらず。仏家の稽古あらざるによりてかくのごとし。有道の尊宿はしかあらざるなり。あるいは長髪ならしむるともがらもあり、これも非法なり。大国の僧家の所作なりとして、正法ならんとあやまることなかれ。先師古仏、ふかくいましめることばを、天下の僧家の長髪長爪のともがらにたまふにいはく。「不会淨髪、不是俗人、不是僧家、便是畜生。去来仏祖、誰是不淨髪者、如今不会淨髪、真箇是畜生」かくのごとく示衆するに、年来剃頭のともがら、剃頭せるおほし。あるいは上堂、あるいは普説のとき、弾指かまびすしくして責叱す。いかなる道理としらず、胡乱に長髪長爪なる、あはれむべし、南浮の身心をして非道におけること。」