「かくして、彼は大潙にいった。「わたしは身も心も昏く、なお、道うことができません。願わくは和尚、わかために教えたまえ」だが、大潙はいった。「わたしは汝の為に説く事を辞するものではない。しかし、そうしたならば、きっと汝はのちになってわたしを恨むこととなるであろう。」そのわうにして年月を経るうち、やがて彼は大証国師の跡をたずね、武当山に入って、国師のいおりのあとに草庵をむすんで住んだ。そこには竹を植えてともとしてい得たが、ある日のこと、路を掃いているとき、石がとんで炊け竹に当たり、かっと音をたてた。それを聞いたとき、彼は豁然として大悟した。そこで、沐浴斎戒し、大潙山にむかって昇降礼拝して、はるかに大潙にむかっていった。「大潙大和尚、かってあなたがわたしのために説いたならば、どうしてこのことがあり得ましょう。和尚の恩のふかきことは、父母よりもすぐれております」そして最後に、一偈を賦した。いわく。「一撃所知を亡ず さらに自ら修治せず 動容を古路に揚げ 悄然の機に堕せず 処々に蹤跡なく 声色のほかの威儀 諸方の達道の者上々の機というべし」その偈を大潙に呈した時、大潙はいった。「こやつ徹底しょったわい」と。(道元:正法眼蔵・谿声山色)

原文「かくのごとくして大潙にもうす、「智閑は心神昏味にして道不得なり。和尚、わかためにいふべし」大潙のいはく「われなんぢがためにいはんことを辞せず。おそらくは、のちになんぢわれをうらみん」かくて年月をふるに、大証国師の蹤跡をたづねて、武当山にいりて、国師の庵のあとに、くさをむすびて為庵す。竹をうゑてともとしけ。あるとき、道路を併淨するちなみに、かはらとばしりて、竹にあたりてひびきをなすをきくに、豁然として大悟す。沐浴し、潔斎して、大潙山にむかひて昇降礼拝して、大潙にむかひてまうす。「大潙大和尚、むかしわか゜ためにとくことあらば、いんかでかいまこの事あらん。恩のふかきこと、父母よりもすぐれたり」つひに偈をつくりていはく、「一撃亡所知 更不自修治 童容揚古路 不墜悄然機 処処無蹤跡 声色外威儀 諸方達道者 箴言上上機」この偈を大潙に呈す。大潙いはく、此子徹也。

「一撃所知を亡ず さらに自ら修治せず 動容を古路に揚げ 悄然の機に堕せず 処々に蹤跡なく 声色のほかの威儀 諸方の達道の者上々の機というべし」の意「あの音ひとつで知識は吹っ飛んだ もはやあれこれ思い煩うことはない ありのままの姿で仏道をあゆみ 行いすました者にはなり申さぬ ただ自由自在にこそ振舞たい 言語文字のほかに当為はある 無礙自在の道に達す まさに上々の機というべきなり」