「名利の思いをはななれよ」「また、昔から天神がきたって行者の志をためし、あるいは悪魔がきたって行者の修行を妨げるということもあった。それらはみな、名利の思いをはなれない時に、そのような事が起こるのである。慈悲のおもい深く、衆生済度のねがい大いなる時には、そんな障げはないものである。また修行の力によって自然に国土を得ることがあり、あるいは世運の栄えに似たようなこともある。さんな時には、さらにその人を吟味してみるがよい。目をつぶって眠っていてはならない。愚人はそのような栄えをよろこぶ。あたかも愚かな犬の骨をしゃぶるがごとくである。だが、賢聖はこれを厭う。たとえば世人の糞穢(ふんえ)をいとうががごとくである。(道元:正法眼蔵・:谿声山色)

原文「また、むかしより、天帝きたりて行者の志気を試験し、あるいは魔波旬むきたりて行者の修道をさまたぐることあり。これみな名利の志気はなれざるとき、この事ありき。大慈大悲まふかく、広度衆生の願の老大なるには、これのら障礙あらざるなり。修行の力量、おのづから国土をうることあり、世運の達せるに相似せることあり、覚乃事句の時節、さらにこれを弁肯すべきなり、かれに瞌することんかれ。愚人これをよろこぶ。たとへば癡犬の枯骨をぬぶるがごとし。たとへば世人の糞穢をおづるににたり。」