「衆善奉行について」「衆善奉行。この衆善というのは、三性のなかの善性である。善性のなかにはいろいろの善があるけれども、すでに実現して修行者をまっているような善はどこにもなく、また、善をなすまさにその時には、きたらぬ善もないのである。すべての善は象なきものではあるが、善のなされるところに集まること、磁石のもとに集まる鉄よりも速やかである。また、その力は劫初の旋風よりも強く、大地も山河も、世界の国土も、また業の増上力も、けっして善の集まることを碍げることはできない。」(道元:正法眼蔵・衆善奉行)

原文「衆善奉行。この衆善は、三性のなかの善性なり。善性のなかに衆善ありといへども、さきより現成して行人をまつ衆善いまだにあらず。作善の正当恁麼時、きたらざる衆善なし。万善は無象なりといへども、作善のところに計会かること、磁鉄よりも速疾なり。そのちから、毘嵐風よりもつよきなり。大地山河・世界国土・業増上力、なほ善の計会を罣礙することあたはざるなり。」

毘嵐風(びらんぷう)  猛烈なる旋風の意。増上力: その力いよいよ強くなって、なにものにも障えられないことをいうことば。業にはそのような力があると説かれる。