「また、宗月長老が天童山の首座(しゅそ)の職についたとき、雲門の門流の嗣書とてわたしに見せてくれたものには、まずいま嗣書を受ける者の直ぐの師匠、ならびに、印度・中国の歴代の仏祖を並べ記して、そのつぎにいま嗣書を受ける者の名字があった。もろもろの仏祖から直ちに、いま新しく祖師となる者の名字につらなるのである。だから、如来から四十余代の名字がいま新しく嗣法する者の名字につらなって、あたかもそれぞれの仏祖が新祖に法を授けたようである。たとえば、摩訶迦葉や阿難陀などの名字が、その他の名字とおなじように並んでいるのである。その時、わたしは宗月首座に問うていった。「和尚がいま連ね記すところは、五家の宗派によっていささか異なりましょう。それはどういうことになりましょうか。印度からずっと正しい嗣ぎ手によって嗣がれたものならば、どうして異同がありましょうか」宗月長老はいった。「たとい大きな違いがあっても、ただ雲門山の仏祖はこうであると学がよいのである。釈迦老師はいったい何によって他の仏たちを尊重されたのであろうか。その悟道によて尊重されたのである。雲門大師はなにによって、他の仏たちを尊重したか。それとも悟道を尊重したのである。わたしは、その説明をきいて、いささか領解するところがあった。」(道元:正法眼蔵・嗣書)
原文「雲門下の嗣書とて、宗月長老の天童の首座職に充せしとき道元にみせしは、いま嗣書をうる人のつぎかみの師、および西天東地の仏祖をならべつらねて、その下頭に、嗣書うる人の名字あり。諸仏祖より直にいまの新祖師の名字をつらふるなり。しかあれば、如来より四十余代、ともに新嗣の名字へきたり。たとへば、おのおのの新祖につづけたるがごとし。摩訶迦葉・阿難陀等は、余問のごとくにつらなれり。ときに道元、宗月首座にとふ、「和尚いま五家宗派をつらぬるに、いさか同異あり、そのこころいかん。西天より嫡嫡相嗣ぎせらば、なんぞ同異あらんや」宗月いはく、「たとひ同異はるかなりとも、ただまさに雲門山の仏は、かくのごとくなると学すべし。釈迦老子、なにによりてか尊重他なる、悟道によりて尊重なり。雲門大師、なにによりてか尊重他なる、悟道によりて尊重なり」。道元この語をきくにいささか領覽あり。」

