「いま江南・浙江(せつこう)のあたりにあって、大寺の主となっているのは、たいてい、臨済・雲門・洞山などの法を嗣ぐ者である。しかるに、臨済のとおき弟子と称するやからのなかには、時々けしからぬことを企てる者がある。いったい、彼らは、善知識の門下にいたって、御影一幅と法語一軸を懇請し、それを嗣法のしるしとするのであるが、なかには、ひどい奴があって、長老のところに行って法語や御影をねだり、それををいくつも蓄えておいて、晩年になると、お上に金銭を賄して寺を手に入れ、そこの住持になる時には、法語や御影の師ではないものの嗣法を称する。つまり、名高い長老、あるいは王臣に親しい長老などの法を嗣いだと詐称するのである。そんなのは法を得たかどうかではなくて、ただ名をむさぼるのみである。末法悪世にして、こんな間違ったことが行われるのは悲しいことである。そんな奴のなかには、いまだ一人として仏祖の道を見聞したものはあるまい。 いったい、法語や御影を与えるということは、教家の学僧や在家の男女にもあり、あるいは、雑役の者や商売の者にも与えることがある。それはいろいろの文献にもあきらかである。あるいはまた、適当とは思えない者が、みだりに嗣法の証拠をほしがり、一軸の書をもとめることもある。そんな時には、有道の者は心をいためながらも、つい筆をとることもある。そんな場合は、古来の書式によらないで、ただわが法を嗣ぐといったことを認める。」(道元:正法眼蔵・嗣書)
原文「江江に題刹の主とあるは、おほく臨済・雲門・洞山の嗣法なり。しかあるに、臨済の縁孫と自称するやから、ままにくはだつる不是あり。いはく、善 知識の会下に参じて、頂相壱副、法語壱軸を懇請して、嗣法の標準にそなふ。しかあるに、一類の狗子あり、尊宿のわほとりに法語・頂相等を懇請して、かくしたくわふることあまたあるに、晩年におよむで、官家に陪銭し、一院を討得して、住持職に補するときは、法語・頂相の師に嗣法せず。当代の名誉のともがら、あるいは王臣に親附なる長老等に嗣法するときは、得法をとはず、名誉をむさぼるのみなり。かなしむべし、末法悪時、かくのごとくの邪風あることを。かくのごとくのやからのなかに、いまだかって一人として仏祖の道を夢にも見聞せるあらず。 おほよそ法語・頂相をゆるすことは、教家の講師および在家の男女等にもさづく、行者・商客等にもゆるすなり。そのむね、諸家の録にあきらかなり。あるいはその人とにあらざるが、みだりに嗣法の証拠をのぞむよりて、壱軸の書をもとむるに、有道のいたむところなりといへども、なまじひに援筆するなり。しかのごときのときは、古来の書式によらず、いささか嗣吾のよしおかく。」

