• 天堂の嗣書「先師なる天童の住持は、人がみだれに嗣法を称することをかたく戒めたもうた。まことに先師の門は古仏のあつまるところであって、禅林の中興といって然るべきであった。御自分でも、筋の通らぬ袈裟はかけなかった。お手元には、芙蓉山の道楷禅師の法衣が伝わっていたが、法堂にいで、高座にのぼるにもこれを架けず、おおよそ住持として筋の通らぬ法衣は、一生に一度として着けたことはなかった。心あるものも、物を知らない者も、みんな褒めて、ほんとうの善知識であると尊敬した。
  • 先師が高座にのぼった時には、いつもみんなを戒めていっておられた。「このごろは、祖道に名をかたるやからが、みだりに法位をまとい、長髪をこのみ、師号を得ることを出世の手段とでも思っていたらしい。あわれなことで、誰がこれを救おうか。諸方の長老たちが道心なく、学道につとめないのが残念でならない。嗣書や嗣法のことを知っているものも稀で、百人千人の中に一人もいない。これが外道のおとろえというものである。」そのように、いつも戒めていっておられたが、天下の長老たちもそれを尤(もっとも)なことととした。とするならば、ただ誠心誠を学べば、嗣書こともあろうと解ってくるのが学道というものである。(道元:正法眼蔵正法眼蔵・嗣書)