「この嗣書を見せてもらった所以をいえば、その前年の七月ころ、都寺の師広が寂光堂、そっとその嗣書のことをわたしに話してくれた。そこでわたしは都寺に「それはいま誰がもっていますか」と問うと、都寺は「住持のところにそんな物があるから、そのうち、ねんごろにお願いすれば、きっと見せて貰えよう」ということであった。その言葉を聞いて以来、わたしは、それを見たい気持ちをもちつづけていた。そして、今年、若弟子の智痩に、赤心をなげだして懇請したのである。その生地は白絹であった。それに裏打ちして書いてあった。その表装赤い錦をもってし、軸は玉であった。長さは九寸許り、幅は七寸あまりであった。閑人には見せないということであった。私は智痩に礼をいい、さらに、すぐに住持の室にいたり、焼香して、無際和尚を拝し、感謝の言葉を述べた。その時、無際和尚はいった。「この一段のことは、見ることを得るものはすくない。いまそなたは知ることをえた。これが学道の結実というものである。」その時わたしは、喜びが身にあふれて、感の勝えざるものがあった。」(道元:正法眼蔵・嗣書)
「原文」「この嗣書を請出することは、昨年七月ころ、師広都寺(しこうつうす)、ひそかに寂光堂にて道元にかたれり。道元ちなみに都寺にとふ、「如今たれ人がこれを帯持せる」と寺いはく、「堂頭老漢那裏有相似」。のちに請出ねんごろせば、さだめてみすることあらん」道元このことばをききしより、もとむるこころざし日夜に 休せず。このゆゑに今年、ねんごろに小師の僧智庚を屈請し、一片心をなげて請得せりしなり。そりのかける地は、白絹の表背せるにかく。表紙はあかき錦なり。軸は玉なり。長九寸ばかり。闊(ひろさ)七尺余なり。閑人にはみせず。道元すなはち智庚を謝す。さらに即時に堂頭に参じて焼香、礼謝無際和尚。ときに無際いはく、「遮(この)一段事、少得見知、如今老兄知得、便是学道之実帰也」ときに道元、喜感無勝。」

