「わたしはひそかに思った。この一段之ことは、まった仏祖の冥々のたすけなくてはありえないことであって、辺地日本の愚か者が、なんの幸いあつてか、この事に遇うことがでたのであろう。そう思うと、感涙しきりに落ちて袖をぬらしたことであった。その時、天台山の維摩堂や大舎堂などは、まったく人無うして静まりかえっていた。その嗣書は、地に埋めをしいた白陵に書したもので、長さ九寸余、幅一丈余であった。軸は黄玉にして、表紙は錦であった。天台山から天童山にかえる途中、わたしは大梅山の護聖寺の宿舎に泊ったが、その夜は大梅祖師がきたって、花咲ける梅花一枝をさずける夢をみた。仏祖のみそなわすところは、まことにしるしありといべきである。その一枝ははおよそ縦横一尺ばかりのものであった。その梅花はまさに優曇華ともいうべきであろうか。夢もうつつも、おなじく真実であろう。このことを、わたしは、宗にあったころも、また故国に帰ってからも、また人に話したことはない。」(道元:正法眼蔵・嗣書)

原文「道元ひそかに思惟しき、この一段の事、まことに仏祖の冥資にあらざれば見聞なほかたし、辺地の愚人としてなんのさいはいありてか数番これをみる。感涙濡そでときに維摩堂・大舎堂等に閑闐無人(かんげきむにん)なり。この嗣書は、落地梅綾(ばいりん)しろきにかけり。長九寸余、闊いち尋余なり。軸子は黄玉なり。表紙は錦なり。道元、台山より天童にかへる路程に、大梅山護聖寺の旦過に宿するに、大梅祖師きたり。開華せる一枝の梅華をさづくる霊夢を感ず。祖かんもとも仰僄《環境依存文字》