「名利の心をもたない」「またこの日本国は海をへだてて遠方にある。人の心もいたって愚かで、昔からまだ聖人が出たこともない。自然にむそなわる智慧のあるものもなく、ましてや道をまなんでいたる本当の人物も稀である。道心をしらぬ人々に道心を説くことは、忠言を耳にさからうの喩えで、おのれを省みずしてただ他人をうらむ。いったい、菩提心を行ずるには、その発心や実践を世の人々に知られたいと思ってはならない。むしろ知られまいとするがよい。ましてや、みづから口に称えるようなことは不可である。いまの人は実をもとめることが稀であるから、身に行ずることもなく、心に悟るところもなくとも、ただ他人がほめたりすると、それが学解・実践の具足した人だと思う。迷いのなかに迷いをかさねるとはそのことである。そのような間違った考えはすみやかに捨てるがよい。(道元:正法眼蔵・谿声山色)

原文「またこの日本国は、海外の遠方なり、人の心至愚なり。むかしよりいまだ聖人うまれず、生知うまれず、いはんや学道の実資まれなり。道心をしらざるともがらに、道心をしふるときは、忠言の逆耳するによりて、自己をかえりみず、他人をうらむ。おほよそ菩提心の行願には、菩提心の発未発、行道不行道を世人にしられんことをおもはざるべし、しられざらんといとなむべし。いはんやみづから口称せんや。いまの人は、実をもとむることまれなるによりて、にら行なく、こころにさとりなくとも、他人にほむることありて、行解相応せりといはん人をもとむるがごとし。迷中又迷、すなはちこれなり。この邪念、。すみやかに抛捨すべし。」