「思うに、そのような糞白衣、もしくは清浄な生業によってえたものは、もはや絹でもなく綿でもなく、あるいは金銀・珠玉・綾羅・錦繍でもなく、ただ糞掃衣である。その糞掃衣は、弊衣のためでもなく、美服のためでなく、ただひとえに仏法のためである。これを着用するのは、そのまま三世の諸仏皮肉骨髄を正伝することであり、正法の眼蔵をまさしく相承してたたまつることであるるさればその功徳はとうてい人肥土に問うて知りうるところではなく、ただひとえに仏祖にいたって学がよいのである。 正法眼蔵袈裟功徳」

原文「かくのごときの糞掃衣、および淨命(じようみょう)よりえたるところは、絹にあらず、布にあらず、金銀珠玉・綾羅錦繍等にあらず、ただこれ糞掃衣なり。この糞掃は、弊衣のためにあらす、美服のためにあらず、ただこれ仏法のためなり。これを用著(ようじゃく)する、すなはち三世の諸仏の皮肉骨髄を正伝せるなり.正法眼蔵を正伝するなり。この功徳さらに人天に問著すべからず、仏祖に参学すべし。」