「仏衣の布材4」「また化糸の説などという説をなして道を乱るものがあるが、これもまた笑うべきものである。いったい、いずれの布か化でないものがあろうか。汝は化を聞く耳は信ずるが、化を見る目は信じないのか。目には未耳なし、耳には目なしというところであろうか。なんじの耳と目とはいったいどこにあるのか。ともあれ、捨てられた布を拾うなかには、絹ににた綿布もあり、綿布ににた絹もあろう。それを用いる時には、もきや絹でもなく綿でもなく、ま さに糞掃というものである。糞掃であるから、糞掃にして絹布でもなく綿布でもない。たとい人間の化して糞掃になったものがありとするならば、それはもはや生きものではなくて、ただ糞掃なのであろう。たとい松や菊が変じて糞掃となったものがあったとしても、それはもはや植物ではなくて、ただ糞掃である。」(道元:正法眼蔵)
原文「又化絲の説をきたして乱道することあり。又わらふべし。いづれか化にあらざる。なんじ化をきくみみを信ずといへども、化をみる目をうたがふ。目に耳なし、耳に目なきがごとし。いまの耳目、いづれのところにかある。しばらくしるべし、糞掃をひろふなかに、絹ににたるあり、布のごとくなるあらん。これをもちゐんには絹となづくべからず、布と称すべからず。まさに糞掃と称するかゆゑに糞掃にして絹にあらず布にあらざるなり。たとひ人天の糞掃と生長すせるありとも、有情といふべからす゜、糞掃なるべし。たちひ松菊の糞掃となれるありとも、非情といふべからず、糞掃なるべし。」

