「坐禅の功徳2」「思えば中国でも後韓のころからこのかた、経典はひろく天下にゆきわたって4いたけれども、そのいずれが優れいずれが劣っているかは、なお定まってはいなかった。しかるに、祖師菩提達磨が中国においでになってからは、ずばりそのもつれの根元をたちきって、純一の仏法がひろまってきた。わが国でもまた、そうありたいと願いたいものである。また、いはく、仏法をよく護持してきたもろもろの祖や仏たちは、いずれも端坐して自受用三昧に入って行ずることを、悟りを開くための正しき路としてきた。また西の方天竺、東の方中国において、よく悟りを得た人々は、みなその風にしたがってきた。それは、師と弟子とが、ひそかにこのすはらしい方法を正伝して、この仏法の秘訣を承持してきたからである。」

原文「大宗国も、後韓よりこのかた、教籍(きょうじゃく)あとをたれて一天にしけれりいへども、雌雄いまださだめざりき。祖師西来ののち、直に葛藤の根源をきり、純一の仏法ひろまれり。わがくにも、またしかあらんことをこひねがふべし。いはく、仏法を住持せし諸祖ならびに諸仏ともに自受用三昧に端坐依行(えぎょう)するを、その開悟のまさしきみちとせり。西天東地、さとりをえし人、その風にしたがへり。こ、師資ひそかに妙術を正伝し、真訣を稟持せしによりてなり。」