「結語」いったい、わが国は、大海の東に位置して、はるかに遠くはなれているけれども、欽明帝用明帝の前後から、西の方の仏法がしだいに東方に伝わってきた。それはたいへん幸いなことであった。だがしかし、この国の仏法のありようは、名目や法相のことさては儀式や伝説のことなどが、いろいろとこんがらっていて、どう修行してよいやらわからない有様である。だが、いまは、ただ破れた衣とつくろうた鉢盂に生涯を託し、青い巌、白い石のほとりに茅の庵をむすんで、ただ端坐して修行すれば、それでたちまちに仏にいたることも成就して、生涯をかけた参学の大事もすみやかに終わるというのである。それがとりもなおさず霊鷲山における釈尊の教戒であり、鶏足山にあった迦葉の遺風なのである。その坐禅の作法は、さきに嘉禄のころ撰述した「普勧坐禅儀」によって行うのがよろしい。」(道元:正法眼蔵)

原文「おほよそ我朝は、龍海の以東にとこひろして、雲煙はるかなれども、欽明・用明の前後より、秋方の仏法東漸する、これすなはち人のさいはいなり。しんかあるを、名相事縁しげくみだれて、修行のところにわずらふ。いまは破衣裰盂を生涯として、青巌白石のほとりに茅をむすんで端坐修練するに、仏向上の事たちまちにあらはれて、一生参学の大事すみやかに究竟するものなり。これすなはち霊山の誡勅なり、鶏足の遺風なり。その坐禅の儀則は、すぎぬる嘉禄のころ撰集せし、普勧坐禅儀に依行すべし。」

「名相事縁」名相は名目・法相である。事縁は、儀式・作法などのことや伝説のものがたりなどのこと。