結語「そもそも、仏法を国中にひろめることは、国王の命をまってすべきことであるけれども、もう一度、霊鷲山における釈尊ののこされた御ことばを思いおこしてみると、いま数かぎりないもない国々にもあらわれている王公相将は、みなかたじけなくも仏の御ことばをうけて、前の生から仏法を護持するという志をわすれずに生まれきたものにちがいあるまい。したがって、その王化を布くところは、いずれのところとても、仏国土でないものはないはずである。だからして、仏祖の道をひろめるには、かならずしも、処をえらび、縁をまつべきものではない。これはけっして、ただ今日をはじめだと思うべきものではあるまい。そういうことで、いまここに、これを集め記して、仏法にこころざす賢者たちや、道をたずねて悠々自適の生涯を送っている本物の求道者たちにのこすのである。」「ときに、寛喜三年中秋日。」

原文「それ仏法を国中に弘通すること、王勅をまつべしといへども、ふたたび霊山の遺嘱をおもへば、いま百万億に現出せる王公相将、みなともにかたじけなく仏勅をうけて、夙生(しゅくしょう)に仏法を護持する楚懐をわすれず、生来するものなり。その化をしくさかひ、いづれのところにか仏国土にあらざらんや。このゆゑにゐ、仏祖の道を流通せん、かならずしもところをおらび、縁をまつべきにあらず。ただ、けふをはじめとおもはんや。しかあればすなはち、これをあつめて、仏法をねがはん哲匠、あはせて道をとぶらひ雲遊萍寄るせん参学の真流にのこす。ときに、寛喜辛卯中秋日。弁道話」

「夙生」前生ということ。