「不思量底を思量する」「[しかるに彼の僧はかさねて、不思量というものはどうしたら思量できましょうかと問うた。まことに、不思量ということは、古くからいわれているが、いったい、どうしたらそれが考えられるかというのである。思うに、坐禅する時も、まったく考えるということがないはずはない。もしそのことが無かったならば、坐禅の心境というものがどうしてありえようか。浅はかな愚人でない限りは、誰だってそのことを問いたいと思うはずである。薬山はそれに答えて、「非思量」といった。考えないことだといった。考えないということは、なんの濁りもなく、まったく透き通ったものであるが、不思量ということを考えるには、どうしてもこの非思量をもってするの他はない。非思量にもなんらかの内容がある。そのなにかが非思量のわれをあらしめるのである。なるほどそこに端坐しているのはわれであるが、そのわれはただ思量するわれではなく、ぴたりと端坐しているのである。端坐はまさに端坐であるから、その端坐が端坐を思い量ろう道理はない。したがって、端坐して思うことは、仏のことでもなく、法のことでもなく、悟りのことでもなく、あるいはなにかの理解のことでもなく、ただ非思量である。薬山がこのように語り伝えたのは、釈迦牟尼仏より数えれば、すでに三十六代のことであった。また、これを逆に遡っていえば、三十六代にして釈迦牟尼仏がまします。ともあれり、そのように正伝しきって、ここに「不思量なるものを思量する」ということばがある。」
原文「僧のいふ、不思量底如何思量、まことに不思量底たちひふるくとも、さらにこれ如何思量なり。兀兀地に思量なからんや。兀兀地の向上、なにによりてか通ぜざる。賤近の愚にあせらずは、兀兀地を問著する力量あるし。思量あるべし。大師いはく、非思量、いはゆる非思量を使用すること玲瓏なりといへども、不思量底を思量するには、かならず非思量をもちゐるなり。非思量にたれあり、たれわれを保任す。兀兀地たとひ我なりとも、思量のみにあらず、兀兀地を挙頭するなり。兀兀地たとひ兀兀地なりとも、兀兀地いかでか兀兀地を思量せん。しかあればすなはち、兀兀地は仏量にあらず、法量にあらず、悟量にあらず、会量にあらざるなり。薬山かくのごとく単伝すること、すでに釈迦牟尼仏より直下三十六代なり。薬山より向上たづぬるに、三十六代に釈迦牟尼仏あり。かくのごとく正伝せる、すでに思量箇箇不思量底あり。
「非思量にたれあり」非思量のなかにもなにかある、けっして無内容ではないということであろう」

