0463-84-3631
「南嶽はいった。「人が車を御するとき、もし車が行かなかったならば、車を
「大寂がいった。「では、いかがしたらならば善いでありましょうか」そのい
「南嶽はその問いに答えていった。「磨いて鏡にしようというのだ」そのいう
「すると、南嶽はどこからか一片の塼をひろってきて、石にあてて磨きはじめ
「江西は答えていった。「作仏を図るのでございます」このことばを、はっき
「南嶽と馬祖の問答」「江西の大寂禅師は、南嶽の大慧禅師にまみえて学び、
「杜撰の見解にたいする批判」「いったい、なにが初心だというのだ。初心な
「杜撰の見解に対する批判」「しかるに、近年、愚かにして杜撰なおやからは
「不思量底を思量する」「[しかるに彼の僧はかさねて、不思量というものは
「不思量底を思量する。」「薬山の弘道大師が坐っていると、一人の僧が問う