「かくてしるがよい。仏心というのは、仏の眼睛である。破木杓である、もろもろの存在である、三界であるがゆえに、山海国土・日月星辰である。つまり仏教というのは森羅万象である。外というのは、われわれの住むところであり、ここから来るのである。正伝とは、自己から自己に伝えるのである。だから、正伝のなかに自己があるのであり、また一心から一心に正伝するのであるから、正伝のなかに一心があるのである。さらにいえば、上乗の一心とは土石砂礫である。土石砂礫が一心であるか、土石砂礫は土石砂礫である。(道元:正法眼蔵・仏教)

原文「しるべし、仏心といふは、仏の眼睛なり。破木杓なり、諸法なり、三界なるがゆゑに、山海国土・日月星辰なり。仏教といふは、万像森羅なり。外といふは、這裏なり、這裏来なり。正伝は、自己より自己に正伝するかゆゑに、正伝のなかに自己あるなり。一心より一心に正伝するなり。正伝に一心あるべし。上乗一心は土石砂礫なり、土石砂礫は一心なるがゆゑに、土石砂礫はと席砂礫なり。(道元:正法眼蔵・仏教)

破木杓とは、破れた木杓、底ぬけた之喩えをもちいる。それらはなんの用にも立たないものをいうことば。