「しかるに、喜ばしいかな、いまわれらは、その生を受けるところは聖者の地を去ること遠く、その生くる時もまた聖者の地を去ること遠いけれども、なおこの一天の説法を聞くことのでき時に遇うことができたのである。仏が法を説くということは、すでにしば聞き及ぶところであったが、法が仏を説くということは、幾重にも無智に蔽われて、これまでまったく知らなかった。しかるに、いま圜悟のいうがごとくであるとするらば、三世の諸々の仏たちは、三世にあって法に説かれているのであり、また、三世の諸々の法は三世にわって仏に説かれているのである。それをいま、風前にあってずばりと言句のしがらみを裁断してみるならば、そこにはただ一天の覆うところがあるのみである。それは維摩詰であろうとなかろうとどうでもよい。この一天を覆うところという一句があますところなくすべてを道破しつくしている。それでこそまさしく、法が仏を説くのであり、法が仏を行ずるのであり、法が仏を証(さとる)のであり、同事にまた、仏が法をとくのであり、仏が仏を行ずるのであり、仏が仏と作(な)るのである。そしてそれらのすべてが行ずる仏の出処進退にほかならない。だから、天にわたり地にわたり、また古にわたり今にわたって、得るところを軽んずることなく、明(あき)らむるところを大事に用いるがよいのである。」正法眼蔵 行仏威儀 仁治二年十月中旬 観音導利興聖宝林にありて記す。沙門道元

原文「よろこぶべし、この皮袋子、うまれたるところは去聖方遠(こしょうほうおん)なり、いけるいまは去聖証時遠なりといへども、亙天の化導なほきこやるにあへり。いはゆるほとけ法をとくことは、きくところなりといへども、法ほとけをとくことは、いくかさなりの不知をかわづらひこし。しかあればすなはち、三世の諸仏は三世に法にとかれ、三世の諸法は三世にほとけにとかるるなり。葛藤窠の風前に剪断する亙天のみあり。一言は、こくることなく勘破しきたる、維摩詰をも非維摩詰をも。  しかあればすなはち、法説仏なり、法行仏なり、法証仏なり。仏説法、仏行仏なり、仏作仏なり。かくのごとくなる、ともに行仏の威儀なり。亙天亙地、亙古亙今にも、得者不軽微、明者不賤用なり。」正法眼蔵  行仏威儀 仁治二年辛丑十月中旬 記于観音導利興聖宝林 沙門道元