「もろもろの仏のことばの実現したるもの、それが仏教にほからない。それは仏祖が仏祖のために説くところであるから、また教が教のために正伝するのである。それが法輪を転ずるということである。その法輪の眼睛(ひとみ)のなかにあって、もろもろの仏祖が出現し、またもろもろの仏祖が滅してゆくのである。そのもろもろの仏祖には、あるいは、いと小さい処に出現し、また入滅するものがあり、あるいは全世界をおおうてあらわれ、また滅するものがあり、あるいはまた、つかの間の出現があり、長年月にわたる出現もある。だが、小さな処、短い時間の出現だからといって、けっして功徳がないわけではなく、ひろい世界、長い年月にわたる出現だからといって、まされりとするわけでもない。」(道元:正法眼蔵・仏教)

原文「諸仏の道現成、むこれ仏教なり。仏祖の仏祖のためにするゆゑに、教の教のために正伝するなり。これ天法輪なり。この法輪の眼晴裏に、諸仏祖を現成せしめ、処仏祖般涅槃せしむ。その諸仏祖、かならず一塵の出現あり、一塵の涅槃あり。。尽界の出現あり、尽界の涅槃あり。一須 の出現あり、多却界の出現、さらに補虧闕の経営にあらず。(道元:正法眼蔵・仏教)