「また、古住古来の仏事も、悉くこの鏡に写してみることができたし、この世界から天界にいたるのでのもろもろの事、もろもろの物も、みなこの鏡に写してこることができた。たとえば、経巻によって古今を照らしてみるよりも、むこの鏡によってみるほうが明らかであった。しかるに、やがてこの童子が出家して仏の弟子となった時から、もはやその鏡は現れなくなった。それで遠近の人々はみな不思議なことと讃歎した。まったく、この世に類いのまれなことであって、いったい、どこの世界におなじようなことがあろうか。とてもあるまいと思うところであるが、よくよく思いめぐらしてみるがよいのである。思えば、かって樹や石に四句の偈文刻みつけた聖者もあった。あるいは野や里に経のことばを流布した菩薩もあった。それも鏡ではないか。あるいは、いのまの黄紙朱軸の経巻もまたまるき鑑にほかあるまい。けっして、この尊者のみがまれな類いとは思えない。」(道元:正法眼蔵・古経)

原文「しかのみにあらず、古来今の仏事、ことごとくこの円鑑にむかひてみることをいふ。また天上人間の衆事諸法、みな円鑑にうかみてくもるところなし。たとへば、経書にむかひて照古照今をうるよりも、この円鑑よりみるはあきらかなり。しかあるに、童子すでに出家受戒するとき、円鑑これより現前せず。このゆゑに近里遠方、おなじく奇妙なりと讃歎す。まことに此娑婆世界に比類すくなしといふとも、さらに他那裏に親族のかくのごとくなる種胤あらんことを莫怪(もっけ)なるべし、遠慮すべし。まさにしるべし、若樹若石に化せる経巻あり、若田若里に流布する知識あり、かれも円鑑なるべし。いまの黄紙朱軸は円鑑なり。たれか師をひとへに希夷(きい)なりとおもはん。」(道元:正法眼蔵・古経)

「四句の偈」諸行無常、是生滅法、生滅滅己、寂滅為楽」である。