仏性の本質4「第十二祖馬鳴尊者(めみょうそんじゃ)は、第十三祖のために、仏性海のことわりを説いていった。「山河大地は、みな依りて建立し、三昧・六通は、これによって発現す」とするならぱ、山河・大地は全て仏性の海である。みな依りて建立すというのは、いま現に建立せられて、山河・大地としてあるというのである。すでにみな依りて建立とある。さすれば、仏性海のすがたはかかるものと知られるのである。それはけっして、内の、外の、中間という問題ではない。そうだとすれば、山河をみるは、そのまま仏性を見ることであり、仏性を見るというのは、驢馬の腮(えら)を見、馬の觜(くちばし)を見ることである。みな依る(皆依)というは、全てが依る(全依)であり、また全に依る(依全)であると、会得し、また会得せぬのである。」(道元:正法眼蔵・仏性)

原文「第十二祖馬鳴尊者は、第十三祖のために仏性海をとくにいはく、「山河大地、皆依(かいえ)建立、三昧六通、由玆(ゆうじ)発現」しかあればこの山河大地、みな仏性海なり。皆依建立といふは、建立する正当恁麼時、これ山河大地なり。すでに皆依建立といふ、しるべし、仏性海のかたちはかくのごとし、さに内外中間かかはるべきにあらず。恁麼ならば、山河をみるは仏性をみるなり。仏性をみるは驢馬腮馬觜をみるなり。皆依は全依なり、依全なりと会取し不会取するなり。」(道元:正法眼蔵・仏性)

「三昧」心を一処に集中して動せしめざるをいう」「六通」六神通である。定・慧等の力によってうる六種の自在なる力をいう。神足通・天現通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽(ろじん)通をいうのが通例。