仏性の真意「また、三昧・六通はここによりて発現すという。しるがよい。もろもろの三昧の発(おこ)り来るも、みな仏性によるのであり、六神通のなるもならぬも、ともに仏性によるのである。ここに六神通というは、ただ小乗教においていう六つの神通のみではない。六というのは、前後さまざまなるを六神通の成就とはいうのである。だからとて、六神通とは、きそい茂る百草をすべて、明々たる仏祖のこころであるといった工合に考えてはならぬ。六神通にこだわり滞るのもまた、仏性の海にそぐ流れを阻害することとなるのである。(道元:正法眼蔵 仏性)
原文「三昧六通、由玆発現。しるべし、諸三昧の発現未現、おなじく皆依仏性なり。全六通の由玆不由玆、ともに皆依仏性なり。六神通はただ阿笈魔教(あぎゅうまきょう)にいふ六神通にあらず。六といふは、前三三後三三を六神通波羅蜜といふ。しかあれば、六神通は、明明百草頭、明明仏祖意なりと参究することなかれ。六神通に滞累せしむといへども、仏性海の朝宗に罜礙するものなり。」(道元:正法眼蔵・仏性)
「前三三後三三」前後さまざまなる不定数をいうことばである。「神通波羅蜜」到達、完成、成就をいみする。「明明百草頭、明明仏祖意」さまざまなるものを、これこれが仏祖のこころであると定めることはできない、というのである。

