「それによって知られるように、、三世の諸仏は、火焔の説法を地に立って聴く仏たちである。けっして説法を一方的なものと考えてはならなぬ。そのような考え方は、結局、矛盾に陥ちるほかはあるまい。火焔は、疑いもなく、三世の諸仏のために説法する。そこで、はじめて、赤心片々として鉄樹に花ひらき、世界に薫ずることとなるのである。いや、もっと具体的にいえば、その火焔の説法を立地して聴くとき、諸仏はいったい何事を実現するか。その時、諸仏は、智は師にすぐれたるものとなるのであり、あるいは、智は師に等しきものとなるであろう。さらにいえば、師と弟子の敷居をこえて、すべて三世の諸仏となるのである。」(道元:正法眼蔵・行仏威儀)

原文「しるべし、三世諸仏は火焔の説法を立地聴法して諸仏なり。一道の化儀、たどるべきにあらず。たどらんとするに、箭鋒相挂(せんぷそうしゅ)せり。火焔は決定して三世諸仏のために説法す。赤心片片として鉄樹華開世界香なるなり。且道(しゃどう)すらくは、火焔の説法を立地聴しもてゆくに、畢竟じて現成箇什麼(げんじょうこしも)。いはゆるは智勝于師なるべし、智等于師なるべし。さらに師資の閫奥(こんおう)に参究して三世諸仏なり。(道元:正法眼蔵・行仏威儀)