尽乾坤の威儀「仏の威儀の一端をあらしめるものは、この天地のすべてであり、この生死去来のすべてである。あるいは、数かぎりない国土であり、世界である。その国土、その世界が、さの仏の威儀の一端をなすのである。いったい、仏教を学ぶ人々は、たいてい、「尽乾坤」などというと、閻浮提のことであろうと思い、またその四州の一つであろうと思う。あるいは、中国一国を頭にえがき、日本一国を想像したりする。また「尽大地」といても、ただこの三千世界を思いうかべ、時にはわずか一州・一県を思い浮かべる。だが、この尽乾坤・尽大地などということばを学には、もっと幾度も幾度も思いめぐらしてみなければならぬ。広いのであろうと思って、それで休めてしまってはならない。」(道元:正法眼蔵・行仏威儀)

原文「仏威儀の一隅を遣有するは、尽乾坤大地なり、尽生死去来なり。塵刹なり。蓮華なり。これ塵刹蓮華おのおの一隅なり。学人おほくおもはく、尽乾坤といふは、この南瞻部州をいふならんと擬せられ、またこの一四州をいふならんと擬せられ、ただまた神丹一国おもひにかかり、日本一国おもひにめぐるがごとし。また尽大地といふも、ただ三千大千世界とおもふがごとし、わづかに一州一県をかもひにかくるがごとし。尽大地・尽乾坤の言句を参学せんこと、三次五次も思ひめぐらすべし、ひろきにこそはとてやみぬることなかれ。」(道元:正法眼蔵・行仏威儀)