人間の独善を排す「仏道を説くにあたっては、胎生・化生などのものは、なおその化益に与るというが、湿生・卵生などのものには、まったく言及するところがない。いわんや、その他にもなお生なるものがあろうなどとは、夢にも知らないところである。ましていわんや、その四生のほかにさらに別の四生があろうなどとは、見たことも聞いたこともあるまい。しかるに、いま仏祖の大道においては、その四生のほかの四生があることが、あきらかに伝えられている。親しく正伝されているのである。それを聞かず、ならわず、知らず、わからないでは、いったい、なんの徒輩というべきであろうか。」(道元:正法眼蔵・行仏威儀)
原文「仏道を説著するに、胎生・化生等は仏道の行履なりといへども、いまだ湿生・卵生等を道取せず、いはんやこの胎卵湿化生のほかになほ生あること、夢也未見在なり。いかにいはんや胎卵湿化生のほかに、胎卵湿化生あることを見聞覚知せんや。いま仏仏祖祖の大道には、胎湿卵化生のほかの胎卵像卵化あること不曾蔵に正伝せり。親密に正伝せり。この道得、きかずならはす、しにらずあきらめざらんは、なにの党類なりとかせん。」(道元:正法眼蔵・行仏威儀)
胎生・化生・湿生・卵生」あらゆる成仏、祖の出生の型によって分類したものである。それらを総じていえばこれを四生というのである。

