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「南嶽はまたいった。「もし坐仏を学ぶのならば、仏に定また姿はないのだよ
「学坐禅は学坐仏である。」「南嶽はまた示していった。「汝は坐禅をまなん
「また、打牛の法は、世の常に行われていることではあるが、仏道における打
「南嶽はいった。「人が車を御するとき、もし車が行かなかったならば、車を
「大寂がいった。「では、いかがしたらならば善いでありましょうか」そのい
「南嶽はその問いに答えていった。「磨いて鏡にしようというのだ」そのいう
「すると、南嶽はどこからか一片の塼をひろってきて、石にあてて磨きはじめ
「江西は答えていった。「作仏を図るのでございます」このことばを、はっき
「南嶽と馬祖の問答」「江西の大寂禅師は、南嶽の大慧禅師にまみえて学び、
「杜撰の見解にたいする批判」「いったい、なにが初心だというのだ。初心な