「そこで雪峰がいった。「老僧がわるかったのだ」そのことばは、言い方がわるかったという時にも、そういう言い方をするけれども、ここではそう心得てはならない。老僧というのは寺の主である。その門下は、他のことを学ぶのではなく、ひとえに老僧を学のである。いろいろの事があり、さまざまな人があるが、到って学ぶのはただ老僧一人である。幾久しい間には、もろもろの仏祖かましますなかでも、参じて学ぶのはただ老僧一位である。「老僧がわるかったのだ」というのは、住持の仕事が繁多であったというのである。思えば、雪峰は徳山門下の俊秀であった。三聖は臨済門下の高弟であった。二人の長老はいづれも系譜は素晴らしい。一人は青原のとおい法脈につながり、一人は南嶽のとおい流れを汲む。いま、ともに古鏡を保ちきたってかくのごとくであった。ひとしく後進の鑑みるべき鏡であろう。」(道元:正法眼蔵・古鏡)

原文「雪峰いはく「老僧罪過」いはゆる、あしくいひにけるといふも、かくいふことあれども、しかはこころうまじ。老僧といふことは、屋裏の主人翁なり。いはゆる余事を参学せず、ひとへに老僧を参学するなり。千変万化あれども、神頭鬼面あれども、参学は老僧一著なり。仏来祖来、一念万年あれども、参学は唯老僧一著なり。罪過は住持事繁なり。おもへばそれ、雪峰は徳山の一角なり、三聖は臨済の神足なり。両位の尊宿おなじく系譜いやしからず、青原の遠孫なり、南嶽の遠派なり。古鏡を住持しきたれる、それかくのごとし。晩進の亀鑑なるべし。「(道元:正法眼蔵・古鏡)