「十二分教とはは」「十二分教とはつぎのようである。一には素咀纜(すたら) 訳して契経という。二には祇夜(ぎや) 訳して重頌(じゅうじゅ)という。三つには和伽羅那(わからな) 訳して授記という。四には伽陀(かだ) 訳して諷頌(ふうしせゅ)と言う。五には憂陀那(うだな) 訳して無問自説という。六には尼陀那 訳して因縁という。七には波陀那(ばだな) 訳して譬喩という。八には伊帝目多伽(いていもくたか) 訳して持という。九には闍他伽(じゃたか) 訳して本生(ほんじょう)という。十にはび仏略(びぶつりゃく) 訳して方向という。十一には阿浮陀達磨(あぶだだつま) 訳して未曾有という。十二には優婆提舎(うばだいしゃ) 訳して論議という。(道元:正法眼蔵・仏教)
原文「十二分教 一者素咀纜 比云契経。 二者祇夜 此云重頌。三者和伽羅那 此云授記。四者伽陀 此云諷頌。五者憂陀那 此云無問自説。六者尼陀那 此云因縁。七者波陀那 此云因縁。七者波陀那 此云譬喩。八者伊帝目多伽 此云本事。九者闍他伽 此云本生。十者び仏略 此云方向。十一者阿浮陀達磨 此云未曾有。十二者優婆提舎 此云論議。」(道元:正法眼蔵・仏教)

