「如来は人々のために人間とその世界との関係について、その実体とその現象とを、じきじきに説きたもうた。これを名づけて修多羅という。また、さまざまな音節よりなる韻文をもって、重ねて世界と人間とその関係のことを頌したもうた。これを祇夜と名づける。あるいは、ずばりと人々の未来の事を予言し、もしくは鴿(はと)や雀の成仏のことなどを予言せられた。これを和伽羅那と名づける。あるいは、独立の韻文をもって世界と人間等のことを語る。これを伽陀という。あるいは、人の問いを俟たずしてみずから世界のことを説く。これを優陀那(うだな)とという。あるいは、この世界の善からぬ事に託して禁戒を施設(せせつ)する。これを尼陀那という。あるいは、譬喩をもって世界の事を説く、これを阿波陀那(あばだな)という。あるいは、過去の世のことを説くを、伊帝目多伽(いていもつたか)という。あるいは、過去世の生涯のことを説くを闍陀伽(じゃたか)という。あるいは、世界の広大なることを説くを、ひ仏略という。あるいはこの世界にいまだ嘗ってあらざることを説くを、阿浮陀達磨(あぶだだつま)という。あるいは、世界の事に関して議論問答することを、優波提舎(うばだいしゃ)となづける。それらは、この世界についての究極の説明である。人人を歓喜せしめんがために、この十二部経を立てるのである。」(道元:正法眼蔵・仏教)

原文「如来則為直説陰界入等仮実之法、是名修多羅。或四五六七八九言偈、重頌世界陰入等事、是名祇夜。在直記衆生未来事、乃至記鴿雀成仏等、是名和伽羅那。或孤起偈、記世界陰入等事、是名伽陀。或無人問、自説世界事、是名優陀那。或世界不善事、而結禁戒、是名尼陀那。或以譬喩説世界事、是名阿波陀那。或説伊帝目多伽本昔世界事、是名伊帝目多伽。或説本昔受生事、是名闍陀伽。或説世界広大事、是名ひ仏略。或説世界未曾有事、是名阿浮達磨。或問難世界事、是名優婆提舎。此是世界悉檀。為悦衆生故、起十二部経。」(道元:正法眼蔵・仏教)