「大潙師弟の神通」「大潙禅師は、釈迦如来からますぐに数えて三十七世の祖である。百丈大智禅師の法嗣である。いま諸方におられる祖師がたも、そうとはいわないでも、たいてい、大潙のとおい弟子にあたっておる。あるとき、大潙が横臥していると、そこに仰山がやって来た。それをみて、大潙は、面をめぐらして壁の方をむいた。仰山がいった。「わたしは和尚の弟子でございます。ご遠慮なさらぬともよいではありませんか」大潙はいささかひるむ色があった。やがて仰山が出てゆこうとすると大潙は起き上がって「おお、慧寂よ」と呼びとめた。仰山はかえってきた。そこで大潙はいった。「わしは、いま夢をみていた。ひとつ聞いてくれ」仰山は、頭を下げて聞いていた。すると、大潙がいった。「では、いまの夢を解いてもらおうか」すると仰山は、つと、立ち上がって、盆に水をいれ、手巾をそえて以てきた。大潙はそれで顔を洗った。」(道元:正法眼蔵・神通)

原文「大潙禅師は、釈迦如来より直下三十七世の祖なり、百丈大智の嗣法なり。いまの仏祖、おほく十方に出興せる。大潙の遠孫にあらざる、すなはち大潙の遠孫なり。大潙あるとき臥せるに、仰山来参す。大潙すなはち転面向壁臥す。仰山いはく、「慧寂これ和尚の弟子なり、形迹(ぎょうせき)もちゐざれ」大潙おくるいきほひなす。仰山すなはちいづるに、大潙召すして、「寂子」とめす。仰山かへる。大潙いはく、「老僧ゆめをとかん、きくべし」仰山、かうべをたれて聴勢をなす。大潙いはく、「わがために原夢せよ、みん」仰山、一盆の水、一条の手巾をとりてきたる。大潙つひに洗面す。」(道元:正法眼蔵・神通)

「形迹」とは行儀、形式というほどの意。「原夢」とは判夢、夢半段である。原はたずねるである。